【アニメ感想】紅 kure-nai 第5話

“望み”をネットの辞書で引いてやると、実に清々しい答えが返ってくる。
これは日本語がよく出来てるのか? それとも、ネットが偽善なのか? 前者であれば素敵だが、偽善者の俺は後者でも面白いと思うんだw
例え偽善でも、そうあって欲しいという願いが感じられていいじゃないか。欲しいもの、望むものが、金か? 女か? なんて、文字通り、夢も希望もあったもんじゃないぜ。

初心に帰ろうと崩月家を訪れ、そこで、大切な人たちの重みを知り、自分自身の重さをも知る、って感じか?
単純に「誰かを守るための強さ」なら、“崩月の角”で事足りるし、その思いは決して悪いものじゃない。
しかし、それは、おせっかいとも言える。例え、そう言わずとも、真九朗が傷つく姿なんて、誰も望んで無いんですよね。当たり前だけど。
もちろん、真九朗だって、その当たり前が分からなかったわけじゃなく、ただ、それでも守りたいという、わがままを通したい。
だから、強くなりたい。今度は、自分自身のため、大切な人たちを悲しませないために、本当の意味で「誰かを守れる強さ」を得たいと、望むに至ったんだろう。
まぁ、所詮、俺の勝手な解釈に過ぎないわけだがw そう思わせてくれた回だったのは確か。
揉め事処理屋を続ける理由、“崩月の角”を使わない理由ってのが、ここに全部詰まってる気がするな。
一方の紫は、それを少しだけ垣間見ることが出来て、何か感じとれたんだろうか?
なんとなく、真九朗が紅香に抱いた“憧れ”に近いものは得られたように見えたけど、それ以上に、遊ぶ楽しさを知ったことの方が大きいか。これだって大事なことだと思う。
誰かに冗談を飛ばすにも、一緒に大笑いするにも、テレビの知識だけじゃいろいろと足りないしね。
【気になったところ】
▼着替え方の変化
2話冒頭のブリッジや、風呂場でのピョンピョンとは、明らかに違う着替え方。
真九朗と過ごしてるせいか? 若干、男らしくなった気もするw 気のせいか?
▼ちーちゃんのDSと人形を破壊
「子供の遊びは物を壊すことから」。どっかで、そんな感じの言葉を聞いたことがある。
だからと言って、液晶パネルを簡単に壊されちゃかなわんがw こうやって、加減を覚えていくものなんだろう。
ネタ性にも溢れてるし、凄く良い描写だったと思う。
▼テレビの知識
刑事ドラマ、サスペンス劇場、病院24時間、ジュン子さん、お料理番組、みの。
ろくな番組見てないと言っちゃ失礼だけど、何を見ても、九鳳院で育った紫には新鮮で楽しんだろうな。“鯖の味噌煮”のレシピで見せた暗記力も、楽しいからこそ。
でも、子供にはよくあることですよね、暗記は。遊戯王カードやポケモンの名前なんてのは、その最たる例だと思う。
ぁ、カートの上にお子様を乗せないで下さいw
▼紫かわいいよ紫
この愛らしさを否定する奴がいるとするなら、そいつは血も涙も無い真性の鬼だ。
ロリコンきめぇwww とか思うなら思えばいいさ。違うから。熟女好きだから(マテ
てか、もう、そんな下衆の勘ぐりなんぞ、入る余地が無い。見てない方は見ようぜマジで。
【関連リンク】
◆紅 kure-nai - TVアニメ公式サイト
◆スーパーダッシュ文庫 紅
◆ジャンプスクエア [紅 kure-nai]
◆紅ラジオ「おとなの時間」
◆紅(小説) - Wikipedia
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